おはよう

挨拶 CEO

ながい長髪のかみ

Goodbye

率直に申し上げますと、私は、髪フェチである。割と重度と自覚してます。上手くことばに出来ないのだけれど、髪の綺麗な女性を見ると何かしらの感情が引き起こされてしまうことが間々ある。それは髪の先端にその方の過去、これまで生きてきた軌跡を重ねて見てしまうからでしょう。不思議な色気を感じてしまって、自分の気に入る人は必ずロングヘアだったようにおもいます

自分に対してもその愛は変わりませんでしたが、以前の職場から長々と髪を伸ばしていた理由については色気を大事にしてるとかそういったわけじゃなく、単に短いと顔を覆うものがなく恥ずかしいというのがありました。転職活動も差し迫った為、本日、そいつとは泣く泣くgoodbyeしてきました。切る前はやたらに感慨深くなり、友人に遺影を撮っておくようあからさまに告げたりしてました。泣く泣くと述べましたが、案外落ち着いた気持ちで断髪には臨み、事後も殊更悲しみや寂しさに耽ることはありませんでした。

というか、妙なしっくり感すら、ある。

自分くらいの歳の人間の大半は当たり前に髪を短く整えてるのだものね。ゴリゴリに妥当なスタイル。年相応ってやつ。ライフスタイルは無慈悲。こえー!そうやって稼いだ金で生活を営んでいるなんてお前ら皆こえー!鏡に映った自分は少しだけ老けて見えたし、こう、わあ〜と生きているだけで、こういうのも自然に受け入れる自分もいて、歳を感じる瞬間が着実に増えていってる気がします。またあの階段登っちゃったんですかね。

思い返すと過去の自分を切り捨ててしまったようで、罪悪感、少し寂しい気もしてきた。しっかり生きてたよね、俺。でも、例えば、これから後に仕事が決まったりして、心の中の恥ずかしがり屋な、アウトローな自分にまた髪伸ばすかって訊かれたら、とりあえずもう満足ノーサンキューって答えると思う。櫛とかリンスとか乾かしたり結んだり、春は花粉が付いてクソ大変だったから

まあ結局みじかいの、楽っすね

f:id:monj:20180206000451j:image

遺影的な yeah