おはよう

挨拶 CEO

働きたくないなあ②

3月、始まりの季節。ひとつのnaiteiを断ってしまった。

色々あった最近のせいで、思うように筆がすすまず春先山から風に乗ってやってきた花粉のせいで終日水鼻すすり続けて日が落ちて横になるとすぐ眠りに落ちてしまう。翌朝の地獄。特段何もなかったような、おれの人生において実際ものすごい何かが起きたような、色々あった最近というのはぐちゃぐちゃにこんがらがった感情の近くに散らばってるだけで、やっぱり拾わずにおこうかとかどう状況を整理して叫ぼうか、いまいち判断つかないけれどその中から慎重にちょっとだけ突いてみつつガサツに掘り起こしながら文章にしてみることにする。

働く皆さま、お仕事お疲れ様。

お前一体いま何してんだよと周囲に危惧されている隠居生活中のじぶんであるが、転職活動は細々と行っていて(本当に日本じゃ働かなければ生きられぬと切実にカンジタ)我がわがままの為に数少ないエントリーの中からわりとぬるぬると通ったり通らなかったりしている。新卒のときは気づけなかったけれど、面接で媚びないスタイルでやってたら不思議とキャッチボールもできててその感触もなんだか良好である。学生時代に甘かった自己分析を今の自分に惜しげもなくしてやるなら、おれは普通の人が躊躇するアクセルを全開でベタ踏みしてく人間なのだということ、ここんとこ今更気づいたような気がする。べつにこれ面接とかで言わんし、これまでの仕事の中で活きたような気は其れ程してないんのだけども、まあ実生活だとかそうゆうのにいいように作用していれば、これ思いがけずラッキーだねだなんて。後輩とかもバリバリ仕事に慣れてきたりしてんだもんね、じぶんどんだけ昔のことを今改まってやってんだっていう。ここで読む際の注意だけども、日本語の変換がおかしいのはおれの脳の構造上の問題で昔からなので、読むのはやめても同情や心配だけはしないで。

それはそうと、件の最終面接があって地方に弾丸でいってきましてそりゃもう色々感じまくってきたわけ。こう言っておいて場所とか詳しくは端折ってしまうのだけれど、とりあえず言っておくのはやはり地方アツイや〜〜ってことだ。自分は人より長い大学生活を過ごしたのち四年近く東京で働いて、そこで何を得たのか本当にわからないですけど、人のやたら多い、電車で通勤したりトウキョーシティを闊歩したりして、そういうストレスへの耐性がついた、わけでは決してなくて、取り敢えず都心に何年かいたという事実だけがある。旅行で田舎に行くと、山の緑や空の青を見るといつも心洗われる心象があったが、今回もそれはそうだった。穏やかな時が流れている。満員電車での通勤なんていやだよお。特に、今回のとこは人が皆、やたらめったらあったかくておれの感受性が膨張しながら宇宙に溶け込んでいく感覚さえ覚えた。町中のジジイがやさしい。大声で昭和枯れすすき歌ってる激情ジジイもいて、切に、将来ちょっとああはなりたくはないと思ってしまった。できてちょうど2年という古民家改修型のナウいラーメン屋さんには普通の飲み終わりのおじさんが入ってたり、若者も積極的に声かけあったり自分も会話に加わってビールもらったり、そのあと謎に銭湯教えてもらって行ったりした。まちの商店街が白く浮かんでいてその上をおれは気をつけながら歩く。結構、再開発というか復興?移住者も多いようで、でも昔からすんでる人とうまく溶け合っているようでみんなあったかいような、今まで行ったまちとは確かに違う雰囲気があったのが印象的だった。畏れ多くも、ちょいと英語が話せるようになったから(正直そんなだけど)でもなかなか話す機会がなくてものすごい速度で錆びつきはじめてる(朽ち尽くしている)実感があったから、年甲斐もなく(よく使うワードになってしまった)大学生のときぶりにゲストハウスに泊まって、残念ながら国際交流の機会はもてなかったが同室の大学生や年齢不詳の女性ともはなしたりできた。カフェにいた七十のおじさんとフェイスブック友達になった。そこのオーナーがとてもいい方でそれはいまだに思い出しても泣けるくらいよかったなーと思える出会いだった。自分がうける会社のこともおしえてくれたり、これまでのことを話して、受け止めてくれたり、そこから何か考えてくれたり、共感してくれたり、自分が退職に至るまでいろいろ思ってたこととか、それからのこと、ここに来たこと、ぐちゃぐちゃの感情、あっという間に選考が進んでくこと、住む町のこと、仕事のこと、将来のこと、まーとにかく話を引き出してくれて聞いて、そんで経験やら考え、面白いこと、くちにしたら嘘くさいことまでいろいろ言葉にして伝えてくれた。自分は、面接終わった日に内定をいただいて懇親会にさそってもらってさっそく参加したのだけど、帰って来たおれが悶々とした様子だったからなのか、「映画見る?」と持ちかけて隣接したカフェでプロジェクターで映写して深夜まで付き合ってくれた。ここ最近ないほど、エモい夜を過ごしたと思う。映画は”smoke”。知っている人は知っているのだろう。見終えたあとオーナーはこの考え方が好きなんだよね、といって円盤を片付けた。おれはこの映画を知らなかったけどふわあーと見ていたけど大筋はわかって、おれ嘘はついてないすよ、と笑って弁明した。ただ鑑賞後おれの記憶にこびりついて残ったのは、なんというかナンセンスで曖昧な会話に、最期たばこを蒸す登場人物がいて、互いに言語化の難しいものをたばこの煙の重さに馳せているような描写があって、それはそれは不思議な感傷だったようにおもう。オーナーは電気を消して、おれはやっぱりたばこをすって、ねて、そんでその次の日も会社のなんやかんやがあったりといろいろで、それとなく段々と混み合う電車に乗り換えながら、東京を経て地元に帰って来て、鼻をすすりながらの今に至っている。※ なんかいま超おもいだしたのだけれども、その会社の工場に勤めるかわいいフィリピン人がいたから、アッとおもってむこうで現地人に教えてもらった初めまして的なタガログ語言ったつもりが、apa kabar?となんでか記憶の隅にあったインドネシア語で話しかけてしまってキョトン顔されそのあときょどりまくってsee you againなるセンテンスぶちかました。本当に何で勉強したこともない言語が自然に口ついて出てきたのか人間の脳は不思議

さて、いまのおれはというと、働く周囲を尻目にまた徒然なるまま午前中は英語の勉強、午後はコーヒーを入れて映画を見て求人票を眺めながら猫と遊び、夕方が近づくと買い物を手伝いとたまに夕食を作り、罪悪感の狭間でゴリゴリのニート生活を満喫しているのである。唯一と呼べる小学の頃からの親友はクソみたいな個人事業主でビジネスチャンスを模索していて相変わらずふざけた話をしているだけの関係だ。ふと後輩のツイッターみてモロハ聴いて、以上のあれやこれやらで、おれ個人的にはなんか…胸痛くね…?ってなっている。前職は、大した仕事でもなかったし、経験も生きないし、スキルもないし、でも目の前には仕事があったし、じぶんの神経質な性格もあってプチプチととにかく処理だけはしてたけど、ああってなったころにはいつの間にか時間だけは過ぎていたりする。未経験でもいいって嬉しい言葉いただいてももう後悔したくないし本当にやりたいことなのかとか天秤にかけるとじぶんのわがままや勝手な性格にも向かい合わなければいけなくて辛かったりもする。とにかく今の時期は勉強したり、色々な会社とか見れたり会ったりできる期間だとおもって、偉そうに選んでその転職活動というものに取り組んでいる。なんか凹んだりも本当にないよ。おれの信頼の置ける妹、特に仲の良い友人には、とりあえず面白いとこや自分に挑戦してみてほしい企業あったら教えてほしいといって、それらはすべてエントリーはしてみている。要項満たしてなくて弾かれるのも殆ど。これを読んだ、たまたまここ目にした皆様も情報提供等、ご支援宜しくお願いしますね。ああ、たとえばおれに彼女とよべる存在がいて、一緒になりたいけど、遠くに行きたいじぶんとかおもってるけど、今のままじゃ一緒にもなれなくて歯痒いし、行ってどうとか、ついて来いだとか、ここから動き出すにも袋小路だとおもってしまうのは現実的に、なあ〜と嘯いて、夜は春先なのにため息が白く色づいて屋根まで飛んだ。壊れて消えた。ハイッ、すべて譫言、今まで話したことがみな本当だと思うでしょうか。言い訳がましくも、急に現実に直面しても恥ずかしくともそんな譫言さえ真面目に打ってる夜、早くねなきゃね

猫は本当にかわいいよなあ、あの白いふわふわのむちむちした塊が家にいるってだけで家に帰りたくなるんだもんなあ。隣にいるってだけでちょっかいかけたくなったり、安心するんだもんなあ。みんなにかわいいって言われて、それだけで愛されんだもんなあ。餌ほしいときと外見たい時だけ、腹見せて足にすり寄ってくるんだもんなあ。彼女は完全におれを下僕のように扱って、理由もなくゴリゴリに掌に噛み付いてくるのだ。おれも彼女もやっぱり低気圧とあめは嫌いなんだ(Necoh is cute)

 

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ヒント:こんな町