おはよう

挨拶 CEO

杜子春

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ちょっとだけ時計の針を戻して・・・先々週くらい。求活をしている身で、バリバリに久闊を叙して参りました!

後輩の送別会や同期の結婚式、とても楽しかった〜〜。みんな変わってなかったと言いたいところだけどある程度の歳ですし多感なお年頃というのはとうの昔に終えて、社会の荒波に揉まれてそれぞれ各々のスタイルで擦り切れてたと言うか、否が応にも時間の経過を感じさせるバイブスを醸しておった。例えを挙げるなら、送別会にて繰り広げられたあの地獄の天丼である。それはさておき、仕事をしてた時は休みがなかったし国外逃亡していたりと自分も連絡付きにくくなっていたということもあって、久しぶりに会えたのが本当に嬉しくて嬉しくて幸せな心持ちでついはしゃぎ過ぎてしまった。皆それぞれのグループでそれぞれには会ったり飲んだりしているようだった。その温度差は多少あったような気もする。良くも悪くも仕事をしだすと別々の社会に属してしまって共通の話題は少なくなる、あるとすれば昔の思い出話だしそれを掘り返したりいまの価値観で装飾したり評価したり、やれいまの仕事がどうのとか最近なにしてんのとか底辺YouTuberは辛い(嘘)だとかそれくらいで、各々の異なった身の丈で思いの共有というより披露の場になる。そういった意味で、そういう場でも仮にも音楽サークルだったわけで、好きだったやつとはそんな話をしたりするし音楽が与えてくれる恩恵ってあるな、あったんだななんて感じたりした。リスナーに堕してしまった?リスナーと呼べるほどの新たな探究心や好奇心も持ち合わせていない、さておれは何をいま聴いているでしょう

土曜の二次会の飲みのさらに後、歌舞伎町の裏の細い路地で飲んで、終電を逃して、アパホテルに同期と泊まって、社長の著書を読んで朝を迎え、明け方大浴場利用し出たらカゴからおれの脱ぎたてほやほやパンティーが無くなってる。神よ、連日楽しみすぎた罰か・・・

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幸いにも芙美子マインドに侵されていたので、反省も性懲りも無くただ前向きにおれの下着に需要があったこと、ノーパンであることさえラッキーと思い、かつて所属していたサークルの追いコンに行く決意をする。

大学で代も被っていない後輩たちは若くて演奏うまくてもう個々のキラキラが全体でひとつの光の塊になってて眩くて見えなかった。単純に、とても良かった。OB会(もにフェス)では見ていたものの、暫くサークルのライブに行っていなかったのでサークルの様子、先輩になっている後輩の姿が新鮮でそれがまたいい感じだった。老害という言葉を学生の先輩ってよく使うけどそれはあくまで自嘲的で、自分自身にそんなことないよって余裕があるから使えるのだ。学生の頃や働きだした頃を思い出すと、長く学生して迷惑かけていた自負があって後輩が先輩面できないのではと自重していたとこがあったが、もうええやろそんな関わりもない代やし〜もにフェス出てくれた子の有志が拝めれば〜自分に時間があるときやから〜〜とか色々託けて顔を出したけれどそこにいたその存在自体が読んで字のごとく正に老害化していて、空気を汚してる感さえあったし居た堪れなかった!自分の中で、もにフェスを肯定する理由にもなって良かったのではと今になって思う。その前日話しておがつと行こうってなってたのに来なかったのは地味にショック(G-SHOCK、正確にはJ又はZだが)だった。色々あったけれど久しぶりに音量あるライブというものも見て臨場感味わったし、いろんな人に会えていろんな感情が巻き起こったのはよかった。何もない日常が少しだけ潤って、充電にもなった。第一、若さに触れることっていうのはこちら都合で見ればまあメリットしかないな。ああ、あと飲み会で進行形でバンド組んでる人の話とかを聴いて、自分は離れてしまった今があるので、素直になんかいいなあと思ったのだった。

飲んでいる最中後輩にB'zのロッキンの動画をオススメされたので、帰ってからみてみたら、不覚にもかっけえーーマジ卍と思った話。マジ卍の意味は知らないけれど、何を隠そう、自分は小学校の頃に伯母の勧めでファンクラブに入っていた経歴を持っている。最初に買ったCDはブラックビスケッツのタイミングであるが、アルバムでいえばbrotherfoodだ(ギリギリchopが入ってるやつ)。その後のアルバムのツアーでビリーシーンが同行してたみたいで当時知らずに生で見てたり、歌詞を見ずに歌える歌は大概B'zしかなかったりと掘ればなかなか面白いんだけど。自分もあまり聞かなくなってからは、今やハゲとゴリラのバンドでしょうと嘲るように舐め腐ってました・・・が!いや、素晴らしい。これを機に昔の曲の歌詞も思い出してみましたが、ほんと恥ずかしながら血骨になりすぎててググる必要性すらないほど覚えてるんですけど、すごい。恋心は友情を歌っているし(これは泣ける)、さまよえる蒼い弾丸はおれlike a DANGANを肯定するようなニートフリーター応援歌だっていうのもこれまで気づけず歌ってたなー。他のバンドと圧倒的に違うと感じたのは曲のパッケージングの仕方というか、一曲として収まった時の歌詞やら声やらギターリフやら、すべての総合的な完成度?鮮度とか?また言語化できないんだけどなんだか独特に感じるんだよなあ。解釈に時間をかけたい。後輩がB'zしらないけどこんなにカッコよかったなんてと言っていたけど、自分も正直再発見してびびったのだった。ライブの熱量というかおじさんなのに、とナチュラルにすごいと感動できた。アメトークのそれ、見てみたかった。

ここまで言語化を望んだブログであるくせに、最終的に、いいなあ!いいわ!ばかりで、フェイスブックはじめ各種SNSの「イイネ」の凄みを肌で感じている。結局おれの言葉、拙すぎて親指以外で掌握されてしまう!いいね!!

 

桜が一番好きな花かもしれない。かもしれないという言い方をしたのは、いま忘れきっているだけで記憶の底に自分史上最高の花がもしかしたらあって昔誰かに話していたかもしれないなというもやもやを抱えてるからなのだけれど、社会人の時に花の魅力にとりつかれて植物園に行き狂ってなおかつ図鑑とかネットで花言葉やらを調べ狂ってたのもあって、なら一番って言い方をしなければいいだけの話なんだけれど、思い出せるだけ表面的な過去をざっと掬い出してみても、桜っていうのはやっぱり大好きな花だ!こればかりは理由は特にない。みんなが好きなものは好きになれない性格だけれど、桜は特別で、感覚で、いいと感じる。これが国民性というやつか。日本といえば桜、って外国人はまず先に思い浮かべるらしいすよ。なんかじぶんはイタリアのハードコア聴いてると桜色しているなとおもいます。薄ピンク。これは個人的な感覚だけど春っぽい、うきうきしてる中にある感傷と悲哀、桜みたいな儚さと言うんですかねなかなか日本にあるバンドとか曲で桜っぽい曲ってほんとうに見当たらない。さくらって題名の曲は腐るほどあるのに。おれも日本人だからそういう曲が書けたらいいのになんて思う。それはそうと、自分の住む街は住む人皆が知らない程度の規模で《感動桜国》を自称していて町のはしっこにすっごく樹齢の長い桜の木があって、っていうのは名誉市民なのでバリバリ知ってたけど、東海道線直通の車内に中吊り広告あるのを見かけておお、と少しばかり感嘆が漏れたりした。群馬〜静岡で広告打つとかがんばってる。そんでもう桜前線は頭上にあるくらいのタイミングだしせっかく満開に咲き誇ってくれてるみたいだから見に行ってやったのだけど、ボリボリのヨボヨボで枝も支えられてようやく立ってるくらいの木でもまだ花をつけていてさ、言葉には変えがたいアトモスフィアがそこにはあった。春の暖かい陽気の中で、見知らぬおじいちゃんとベンチに並んで座ってしばらくそれをみていた。おじいちゃんとの会話は一言もなかったけどあれはもう、寝てたか死んでたと思う。スローライフで憧れるよ、死んだように生きてみたい。それがいちばんの幸せかもね、春だからおれは杜子春を思い出して人間らしい暮らしを取り戻すぞ!

絶妙な終わり方しますが、ねむいのでまとまったことがあればまた今度to be continued