おはよう

挨拶 CEO

或る話 令和激闘編

 

何にせよ、不自由な心持ちである。

人間は生まれ落ちた時から自由の身だというのに、何にも縛られずに生きていけるのに、縛られてると感じていても、それでも自由の延長線上に座しているのに。歳をとるということはただそれだけでこうも人の行動意欲を奪い去ってしまうのか。言い訳を積み上げて何にも気づかずに律儀にその上によじ登っていくわけか。高みの見物の気分でいてもその実、足元はぐらついているよう。

応答せよかつての俺の全能感、おーい。

それぞれのフェーズで悩みのベールが覆い被さって曇った景色に対して、くだらないYouTubeやテレビ番組やゲームや本、だれとも繋がらないSNS、購買意欲を持って臨むAmazonアプリで一点ぶち抜いて晴れやかな気で楽しむ姿勢も空虚に感じる。時代さえ閉塞的で、繰り返しの日々が反響されるリビングルームに取り残されている。

それなりにポッと灯る明るい話題こそあれど浴びるほどの光は届かない。ここはひどく狭く暗いどこかだ。私はどこかで、遠く燃えて流れる隕石を観測しているだけだ。

小さな明かりをありがたがって嬉しくてそれだけでも良くて、それを繋いで頼りなく生きている今だと思う。

 

気づくと遅いことがある。それこそ早めに気づけていればと思うこともあるが、遅く気づけて良かったと思うこともあってなんともその塩梅は難しいものである。

 

先日、自分の祖父が逝った。実家にいた頃は一緒に暮らしていたし、ヘビースモーカー且つ下戸の隔世遺伝があるからか涙こそ出なかったが訃報を耳にした時のその悲しみは計り知れなかった。

ずっと介護していた祖母が亡くなって半年だった。男は番が亡くなると早いと云うけれど本当だなと思った。前回のエントリーから禁煙を高らかに宣言した自分であるが、生前祖父が愛してやまなかったセブンスターを棺に入れ、ジジイ、おれは今日からたばこを辞めるぜと心の中で熱く誓いを立てたくせに、今なおプカプカしているのは一体どういう了見だと自分自身を捲し立ててあげたい。

話は大きく逸れてしまったけれど、滞りなく進んだ葬式の後、忌引として運良く休みが繋がったので、残された家族皆で祖父の部屋を掃除することとなった。

そこで見つかったのは祖父の自分史であった。

叔母から譲り受けたパソコンで認めた計60頁ほどの原稿がクリアファイルに綺麗に綴じられた状態で発掘された。拙い図表なども差し込まれている、カルチャースクールか何かで練習のために付けることを勧められたのだろうか。家系図と自分の両親の父親像、母親像から始まるそれは60頁といえど圧巻な様相を醸し出していた。始まりは戦中の記憶であったり時代背景や当時の物価なども几帳面に記されていた。

身内とは言っても故人のアレなので細かな言及は慎みたいが、とにかく、なんとも、これは良いものだ、素晴らしすぎるプレゼントだと思った。生きていた証を深く刻み込んで、歳も歳なので大往生、ささやかなプレゼントだった。

真面目で几帳面で本を読むのが好きだった祖父だ。勿論、読み応えもあった。自分にだけ生きてるうちは開けるなと言い残していたトランクがあって、意地の悪い孫であるから死後早急に開けたわけなのだが、写真アルバムが出てきて、当時の彼女を対照させながら大笑いして読んだ。悲しむ暇はなかった。

何はともあれ、これって最高すぎやしないか。

自分も消費している時間を何かしら意味のあるものとして血肉にも、また地表近くに漂うようなものとしても残さねばならない使命のようなものを感じたのだ。奇しくも、祖父の自分史は結婚後、親父と叔母が産まれたところで終わっている。そう思うと、自分も自分の人生として全うできる実質の寿命は刻々と近づいているといっても過言ではなさそうである。うりゃーじゃあちょっと楽しく生きてみましょうじゃあないのと。

結構な光量で照らしてくれた感じ。ここで気づけて良かったな的なのと。

ジジイには呪われそうだけど、実はもう一冊、官能小説的な筆致で書かれたピンクのカバーの薄い別冊が見つかったが、親父には見つからぬよう戸棚の奥に葬った。ガチ実話!

 

本当にただ一つ気付かされたのは、やはりクリエイティブには温度が残る。すごい熱量。ひとつひとつの音楽や、映画や、文章、他の何かだってそうだよな。それでしか結局、自分も存在しないような気がしてる。どうしよもないね。

 

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猫抱きしめたい