おはよう

挨拶 CEO

続・或る話 令和激闘編〜その終焉〜

シンギュラリティは2045年と考えられていて、残すところ凡そ20年余しかない。ガソリン車も10年後には無くなっている未来???高校の頃ガラケーが当たり前だったこと、現代の子はメールと言わずにLINEするってのが当たり前になっていることを鑑みるに凄い勢いでそこ周辺の社会の様相は変わっていて今後もその勢いは増すばかりだ。現象や数式はAIが簡単に割り出せるようになるし簡単なもののやり方などは頭で考察するに値しないしわざわざ調べなくともできるようになる未来が容易に見当がつく。するとなんだ。やはり価値があるのは、人間の生活の営みかつその経験で、決して同一性の無い各個人の絶対的見地なのだと何となく思った。例えば、その場所その瞬間でその角度から撮った写真というのはこの世で他に絶対に存在し得ない、数センチ横でせーののタイミングで撮っても全く同じで無い。いくら再現が可能になろうともその絶対性は担保される。クローンが生まれようとも思考回路が全く同じであっても、その瞬間その場所で生み出された考えというのはまるで同じとは言えない。日記だ!これから価値が生まれるのはきっと、プリミティブで単純な日記だと思うのだ。

この前の記事にも関連して気が向いたら残していくことに努める

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さて、それでは今日じぶん何を書くか。

生活を送っていて、この人とはなんか合わないとか気に入らないだとか理由なく嫌悪感を覚えたりっていうのがあると思うのだけれど、分かりやすく芸能人とかでも

自分は挙げるならゲスの極みのギターの人だなと思ったって言う話。

曲も聞いたことないし有名な人に対してなんか言うのも烏滸がましい件なのだけど、バンド名も曲名も見た目や服も話し方も感じ取れる性格も名前さえ、全て大元の何か(核というかセンスというべきか)が違う。テレビに映ると何か嫌だな〜と思ってしまう。つかゲスの極みって何だよクソが。ちなみに僕ベッ○キーは全然好きじゃないです。でもま、ほんと自分の好きなものに対して関わられたり、地上波使って言及しているだけで、たとえそれが同意見であっても、気持ち悪いような、胸の苦しい感じを覚える。相当嫌いなんだね。

ただそれだけの話なんだけど、そういう人っていませんか?明確な理由なくです。自分がそうなってもしょうがないのだけれど、嫌いになってくれた人にもせめてもの配慮を持って生涯を遂げたいですね。

 

藤井風はおじさんにとっても最高ですよ

おわり